子ども×アート:作品鑑賞が育む力
子どもと一緒に芸術作品を鑑賞したことはありますか。美術館や博物館などで、子どもを対象とする鑑賞教育が実施されていることを知ってはいても、実際に体験したことのある方は意外と少ないのではないでしょうか。ここでは、子どもたちが芸術作品を鑑賞することによって、どのような力を身につけることができるのか、一緒に考えていきます。
私たちの日常は視覚情報に溢れています。メディアを通して絶えず視覚情報に晒されている現代の子どもたちには、目に飛び込んでくる様々な視覚情報をただ漫然と受け流すのではなく、視覚情報に対して主体的に向き合う態度が求められます。目の前の作品にじっくりと向き合う鑑賞は、注意深く対象を観察する力を育みます。さらに、芸術作品には、私たちの感性や想像力に働きかける力があります。芸術作品の鑑賞を通して、子どもたちは想像力、発想力、言語力、コミュニケーション力を高め、豊かに人生を歩んでいく力を獲得していくに違いありません。
作品と出会う/自分を知る
芸術作品を鑑賞している時、私たちは実に様々なことを感じ、考えています。例えば、作品の色や形などの造形要素や、絵具の重なり、描線の強弱といった描き方に着目したり、あるいは、「何が描かれているのか」「何を表現している作品なのか」といった題材や主題について考えたりしています。子どもも同様です。「楽しそう!」「不思議」「色彩が綺麗」「何を描いているのだろう?」など、感じ、考えながら、作品を鑑賞しています。
さらに、幼児や小学校低学年の子どもは、作品世界と自分自身の経験を照らし合わせて鑑賞する傾向が見られます。子どもたち一人ひとりに寄り添いながら、鑑賞を進めていくことが大切です。そのためには、制作者や美術史といった作品に関する知識から離れて、まずは子どもたちが作品とじっくりと向き合う時間を設けてください。作者や時代背景といった知識に裏付けられた解釈を導き出すのではなく、子どもたちが感性や想像力を働かせて、その子なりの見方を生み出していくことが大切だからです。
言葉で表現する力/他者を受け入れる力
私たち大人は子どもたちが見て感じたことを言葉で表現できるようにサポートします。大人が「どのように感じる?」「絵の中ではどのようなことが起きている?」と問いかけることで、子どもたちは鑑賞の手がかりを得ることができます。その後、子どもたちの発言をしっかりと受け止めてあげてください。たった一言であっても、言葉として発することで、子どもたちは私的な印象や解釈であっても、他者に伝えて良いのだ、という安心感を得ることができます。子どもたちは自分の感じ、考えたことを他者に伝える経験を積み重ねることで、コミュニケーション力の下地を形作っていきます。
さらに複数人で作品を鑑賞し、それぞれが感想を言語化し、伝え合うことにより、他者がどのように鑑賞したのかを互いに知ることができます。芸術作品と出会い、感じ、考えることは、鑑賞者それぞれの経験や興味によって異なります。よく知っているはずの友人でも、自分と異なる感想を口にすることがあります。「他の人はどう感じたのか」「なぜ、そのように感じたのか」といった問いかけを起点とするコミュニケーションを通じて、相手への理解がより深まります。また、共感したり、自分と異なる感じ方に耳を傾けたりすることで、他の人の発言や考えを受け入れていく心が育まれます。
このような鑑賞者同士の対話を軸に展開する鑑賞は、美術館教育や学校教育において広く採用されています。近年はビジネスパーソンを対象とした講座[i]や医学教育において実施される例もあり[ii]、ますます注目されています。
作品鑑賞のポイント
では、実際にどのように子どもと作品を鑑賞するのでしょうか。次にその方法について紹介します。
鑑賞の流れ
「見る」→「考える」→「話す」→「聞く」(→「書く」)
先述のように、まずは「見る」そして「考える」時間を確保します。それから、私たち大人が「どのように感じたのか?」「どこを見てそのように感じたのか?」と問いかけ、作品の中に根拠を尋ねます。感じたり、考えたりした根拠は、必ず作品の中にあります。子どもの発言をもとに改めてよく作品を見ていきましょう。複数人で鑑賞する際には、進行役の大人は、発言を整理したり反復したりして、子どもたちが互いの発言の共通点や相違点を理解できるようにします。また、子どもたちの年齢や興味、関心によっては、子どもたちの発言から、その場の全員に共通する作品解釈を作りあげていくこともできるでしょう。
さらに、学齢に応じて、鑑賞し、感じたことを文章に記すことも取り入れてみてください。文章化する過程で、子どもたちは感じ、考えたことを反芻し、整理しながら、自身がどのように作品と向き合ったかについての認識を深めていきます。
慣れてきたら複数のジャンルの作品を鑑賞してみましょう。例えば、時代の異なる作品、物語性のある作品、抽象的な作品、自分とは異なる文化圏の作品は、それぞれに異なる関心や感想を呼び起こします。多様な作品を取り上げることによって、鑑賞体験に広がりがもたらされます。同時に作品鑑賞が異なる文化を理解するきっかけにもなるでしょう。
鑑賞をサポートする私たちもまた、子どもとの鑑賞を通して変化していきます。子どもの新鮮な眼差しに触れて、今まで気づかなかったその子の感性の豊かさに驚くこともあるでしょう。子どもの言葉に耳を傾け、時には刺激を受けて、ともに鑑賞体験を作り上げていく過程をぜひ楽しんでください。
コロナ禍にあって、美術館や博物館へ足を運ぶのが難しくなっています。そのような場合には、画集や絵本、Google Arts & Cultureなどのウェブサイトを活用して、子どもたちと一緒に作品を鑑賞してみましょう。
橋本まゆ
参考文献
アメリア・アレナス『みる・かんがえる・はなす。鑑賞教育へのヒント』木下哲夫訳、淡交社、2001年。
上野行一『まなざしの共有——アメリア・アレナスの鑑賞教育に学ぶ』淡交社、2001年。
奥村高明『子どもの絵の見方——子どもの世界を鑑賞するまなざし』東洋館出版社、2010年。
上野行一『わたしのなかの自由な美術——鑑賞教育で育む力』光村図書出版、2012年。
フィリップ・ヤノウィン『どこからそう思う?学力をのばす美術鑑賞』京都造形芸術大学アート・コミュニケーション研究センター訳、淡交社、2015年。
[i] 「東京国立近代美術館×山口周Dialogue in the Museumビジネスセンスを鍛えるアート鑑賞ワークショップ」
[ii] 「アートの視点がこれからの医学教育を変える?対話型鑑賞で鍛える「みる」力」(対話・座談会)」医学界新聞、2020年7月13日
https://www.igaku-shoin.co.jp/paper/archive/y2020/PA03379_01
2021年5月1日アクセス